これからラットレースをしようとしている方々へ
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なぜ就職するのかを自問自答したことはありますか

義務教育を終え、高校、専門学校、短大、大学へと進学するのが当たり前となった今日ですが、学問を納めた後はほとんどの方々は就職をすると思います。

 

しかしなぜ学校を卒業した後は働かなくてはいけないのか考えたことはありますでしょうか?

 

きっと周りがそのようにしているし、それが社会通念上照らし合わせても大多数の常識ですので、特に深く考えること無く就職活動をしてどこかの会社へ新入社員をして就職するのが当たり前だと考えられているでしょう。

 

また働けばお金を稼ぐこともできるようになるので、学生時代のお小遣いやアルバイトの収入程度とは比較にならない金額のお金手に入れることができるようになります。

 

そういう意味でも就職をしたいと思う人も多いことでしょう。

 

そして就職してお金を稼ぐことができるようになれば、一人で自立した生活も可能になりますので、社会一般的に言われている経済的自立も達成することになります。

 

学生の頃とは違ったお金の使い方をでき、学生の頃とは違った遊び方もできるようになるでしょう。

 

お金があれば出来ることも増えて、お金の分だけ自分は自由になることができますので、お金のために就職して働きたいと思う方々も多いでしょう。

 

確かに就職すれば年収何百万円というお金を手に入れることができますので、自分は経済的に自立をした立派な大人で社会人の仲間入りを果たすことができると思い込むことができるでしょう。

 

しかし学校を卒業して会社に就職して、労働してお金を稼ぐというのは、世の中が仕組んだ罠だということを最初に申し上げておきます。

 

一度就職して社会人になってしまえば、新入社員も定年前のおじさんも、全て等しく会社の奴隷となり会社のために働き会社の利益に貢献するという義務を負うのです。

 

そして残念なことに多くの人々は自分が奴隷であり、会社の利益のために労働しているということに気づくことができずにいます。

 

その証拠にいくらあなたが仕事を頑張って何百万円何千万何億円という会社の売上増加に貢献したとしても、そのお金が全てあなたの懐に入ってくることはあり得ません。

 

入ってくるとしたら、わずか数万円程度の賞与アップや数千円程度の基本給が上がる程度の還元しか恩恵を受けることはできないでしょう。

 

そのくらいの泡銭で多くの人は喜んでしまうことからも明らかです。

 

これが現実なのです。

 

こういう現実を知ると、会社に対して不平不満が出てくる人も現れるかもしれません。

 

しかしそれを不愉快に思うのは全くのお門違いなのです。

 

なぜなら入社するときに労働契約を交わすことになりますが、それにハンコを押した時点で会社の社規や賃金体型を了承したことになるからなのです。

 

つまり労働契約を交わしたことにより、毎月一定額の給与と福利厚生を享受できることと引き換えに、自らの人生という貴重な時間を会社の利益貢献のために労働することを誓う契約であるからです。

 

そんな恐ろしいような悪魔の契約をしたのは他でもないあなた自信なのですから、それに対して不平不満を言うのはお門違いということになるのです。

 

表現の仕方は過激だったかもしれませんが、言っている本質自体は至極全うであり、これが資本主義という世の中の仕組みなのです。

 

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ラットレースから抜け出すには世の中の仕組みを理解しておく必要がある

その仕組みに多くの人は気づかずにわずかな給与と福利厚生を享受することと引き換えにずっと労働者として一生働き続けることを、ラットレースとよく表現されています。

 

なぜラットレースをし続けるのかと言えば、生きていくためにはお金が必要で、お金のためには働かないと生きていけないという無限ループに陥っているからです。

 

無限ループから抜け出せないのは、労働者がラットのように働いて産み出した利益は、会社に搾取されてしまい、労働者には給与と言う形でわずかにしか与えられないからです。

 

しかし正確に言えば、会社ですら動労者が稼いだお金を自分のものにすることができず、最終的には会社のオーナーである株主へ帰属することにります。

 

どういうことかと言えば、株式会社というのは、事業を行うためにその原資となる資金を調達してくる必要がありますが、それは株式を発行することによって、株式を購入してもらう代わりにお金を資本金という形で手に入れることができるのです。

 

そして株式を所有している人が会社の所有者ということになります。

 

つまりラット達が稼いだ利益は会社経由で株主に帰属されることとなっているのです。

 

簡単ですがこれが資本主義の仕組みであり、世の中の原理原則なのです。

 

この事実に気づかず毎日一生懸命ラットレースをしているラット達によってお金は生み出され、そして株主がどんどんお金持ちになっていくのです。

 

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ラットレースから抜け出そう

労働者としてラットレースを続ける限りは、一生お金のために働き続ける必要があります。

 

ラットレースをしている大部分は自分がラットレースをしている現実にすら気づいていません。

 

もしラットレースをしていることを自覚することができれば、自分は誰のためにお金を貢いでいて、自分はそのおこぼれを頂いているだけに過ぎないことに気づくはずです。

 

それに気づくことができたら、今度は自分がラットからお金を貢いでもらう立場になれば良いと考えれば良いのです。

 

そんなことが簡単にできるわけが無いと思ってしまうと、そこから先は思考停止状態となってしまいますので、ずっとラットレースをし続けることになってしまいます。

 

思考を停止することなく行動を起こすことが必要です。

 

ラットレースから卒業するためにはこのような思考が必須となります。

 

そしてラットレースから抜け出すには、株主のように何かに投資をすることによって、そこから生み出されるインカムゲインやキャピタルゲインを得る必要があるということに辿り着くはずです。

 

もし株主になれば自分は何もしなくても、定期的に会社は株主へ配当金お振り込んでくれますし、会社によっては株主優待を実施している企業もあります。

 

ラットレースから抜け出すということは、自分で働いてお金を稼ぐのではなく、他人に働いてもらってそのお金をもらうと言い換えることもできますし、別の表現をするならお金という資本を投下してそのリターンを得る訳ですから、お金でお金をお稼ぐということも言い換えることもできます。

 

ラットレースから抜け出すと経済的自立から経済的自由へシフトすることができる

ここで再度思い出して下さい。

 

経済的自立とは何だったでしょうか?

 

冒頭部分で一般的に経済的自立とは、自分で働いて自分でお金を稼ぐことができるようになることが、経済的自立と書かせていただきました。

 

そして経済的自立の先には更なる上のステージがあり、ラットレースの世界を抜け出すことが出来ると、自分は労働しなくても自分のところへお金が入ってくるという、経済的自由という世界を体験することができるようになります。

 

しかし経済的自由の世界に到達するのは容易なことではありません。

 

それは経済的自立と経済的自由は根本的に異次元の空間だからです。

 

経済的自由の世界からは経済的自立の世界を俯瞰して眺めることができますが、経済的自立の世界からは経済的自由の世界は通常見えないしそいう世界の存在に気づいていない人達が多いのが普通だからです。

 

これを例えて解説するなら以下の通りです。

 

経済的自立の世界は、ラットレースをしているラット小屋で生きている世界のことです。

 

ラット小屋の中では、会社の命令にさえ従って従順にクルクル回りながら働き続けていれば、生きていくのに困ることはありません。

 

クルクル回っていればお給料が発生しますので、それで自分の寝床を確保することができますし、食べ物も確保することもできます。

 

ラット小屋でクルクル回り続けていることを止めなければ、安心安全な生活が保障されているのです。

 

 

そしてラット小屋を一度出てしまうと、二度と同じラット小屋に戻ってくることが出来ませんが、こんな素敵なラット小屋を出ていきたいと思うラットはほとんどいないでしょう。

 

なのでラット達はラット小屋世界を見ることも知ることも無く、一生を終えてしまうのです。

 

一方で経済的自由の世界というのは、ラット小屋の外の世界のことです。

 

外の世界では、小屋という仕切られた空間は無く、どこへ移動するのも自由です。

 

そしての世界では自分がクルクル回らなくても、どんどん自分のところにお金が入ってきて、そのお金で生活することができます。

 

そのお金はラット小屋で一生懸命クルクル回っているラット達が生み出したお金が源泉となっています。

 

ラット小屋で一生懸命クルクル回っているラット達を、俯瞰して眺めることだってできます。

 

ラット小屋の外はとても素晴らしい景色が広がっているのですが、残念ながらラット小屋にいる限り、外の世界の素晴らしい光景を眺めることはできないのです。

 

しかしラット小屋でラットレースをしている大部分のラット達は、自分がラットレースしていることにも気づかないのです。

 

しかし聡明な一部のラット達は自分が働いて産みした利益は会社や株主に搾取されていると気づき始めていきます。

 

そして次第に小屋の中にいながらにして外の世界で経済的自由を獲得したいと考えるようになります。

 

しかしいきなり安心安全な小屋を全て捨てて完全に飛び出してしまったら、二度とラット小屋に戻ることができないことも知っています。

 

そして試行錯誤した末に、ラット小屋の監視の目盗んでちょっとだけ外の世界に足を踏み入れてみることを始めるのです。

 

完全にラット小屋を捨てた訳ではありませんので、ちょっと出てちょっと戻って来ればまた安心安全な世界を引き続き享受することが可能です。

 

そうやって小屋のご主人様の目を盗みながら従順なフリをしてクルクルと回り続け、一方で外の世界に飛び出してこっそり投資活動を開始していくのです。

 

そしてついに外の世界で生きていくのに十分なお金を稼ぐ仕組みを構築できたラットが、次々とラット小屋を捨てて外の世界に旅だっていくのです。

 

そうやって経済的自由を獲得した元ラット達は、外の世界からラット小屋の世界を俯瞰しながら、ラット達に働いてもらったお金をいただきながら、悠々自適に生活をすることができるのです。

 

この経済的自立をしているラット小屋と経済的自由を獲得しているラット小屋の外の世界の例えは、机上の空論でも夢物語でもありません。

 

実際現実に、自分が労働しなくてもお金に困らない人というのは一定数存在しています。

 

経済的自由の世界で生活している住人はほぼ例外なく何らかの投資活動をしており、それによって自分が働かなくてもお金がどんどん増えていく仕組みを構築えきているのです。

 

まとめ

もしこれから就職して無自覚のままラットレースを始めようとしている人、あるいは既に無自覚のうちにラットレースをしている人がいるならば、自分の限りある人生という時間とお金を天秤にかけて、このまま労働することが自分にとっての最良の選択肢なのかを自問自答をしてみることをお勧めします。

 

その結果このまま労働することが良いという答えに辿り着いたのならそれはそれで良いでしょうし、誰もその選択肢を咎めることはできません。

 

ただ世間の常識に流され、学校を卒業したら定年を迎えるまで人生の大半の時間を労働に捧げることが常識だと思うことにだけは疑問を持って頂くことができたのなら、このブログの記事を書いた冥利に尽きると言えます。

 

狭い世界で外の世界を知ることなく一生を終えていくより、外の世界を知った上で自分は限りある人生をどのように生きていくのが幸せなのかを考えたほうが、きっと豊かな人生を送ることができるでしょう。

 

そしてこの資本主義という世界には、経済的自立だけではなく経済的独立という世界もあることも噛み締めていただけたらと思います。

 

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